飽食(ホウショク)…
十分に食べて満ち足りること。食物に不自由のないこと。
どうも、せつです。
最近「面白い」がお腹いっぱいだと感じるのは僕だけでしょうか?僕が歳だからなんですかね…。
ツイッターを開けば面白そうなマンガアプリの広告、個人が作成したWEBマンガ、AmazonプライムビデオやNetflixのような月額制動画サービスに加えてYouTubeにも個人や企業が投稿した無限の動画が存在し、ゲームに関しては無料で遊べる高クオリティなソシャゲや海外ゲームなどがわんさか。音楽もサブスク配信で死ぬまで聞けるようになってしまいました。今ではつまらないコンテンツに出会う方が珍しくなってきたような気さえします。
そうなると、たまたま目に入ったコンテンツも「おもしろそうのはなんとなく感じるんだけど触れてみようという気にはなれない」という状態になります。
僕はこれを「面白いが飽和している」と言い表していたのですが、食べ物に例えるとまさにコンテンツの飽食時代が来ていたのだと思います。
これだけコンテンツが溢れかえっている理由としては、デジタルツールなどの製造コストが安定してきたことや流通経路(個人単位の発信)が整備されたことだったりと色々とあるでしょう。
今の状態はイメージとしてはバイキング(食べ放題)的なものでしょうか。さらに言うと食べ放題はお金がかかりますが、ネットコンテンツに関しては無料で提供されるものも多くあるので食べ放題よりも忙しい状況かもしれません。
どのコンテンツもそれなりにクオリティが高くてどれもおいしい。そんな時代では「面白い」に飢えることもなくなりました。と言いたいところですが、これだけ面白いものが世の中に安価で溢れているにも関わらずふとしたときに心が満たされない感覚が押し寄せてくるのです。
これはなんでだろうと考えていますが、なかなか整理がつかないのでとりあえず文字に起こしていきます。
まずは、今のコンテンツ市場は既にバイキング形式になっているというところから。
目次
面白いよりも好きを選ぶ
バイキング、つまりは食べ放題のお店。すた◯な太郎しかり、もっと高級な感じだとビュッフェ形式を想像してもらってもいいかもしれない。ちなみにビュッフェは食べ放題の意味じゃないらしい
コンテンツがバイキング化している現代では、常日頃から色んな料理(コンテンツ)が目に入ってしまい、アレもコレもと手を出してしまう。しかし、コンテンツには物理的なカロリーがないとはいえ、ひと一人の摂取量には限度があります。集中力の限界と言ってもいいのかもしれません。もっと単純に言えば時間の限度ですが。集中力も食べ物の消化と同じく若い人や健康なひとほど多く摂取できる傾向があります。おっさんには耳の痛い話ですね。
摂取量の限界を意識せずに日常的に目についたコンテンツを皿に盛り続けると、途中でお腹がいっぱいになってしまいほんとうに食べたかったものにたどり着けず満足できない現象に行き着くというわけです。
最近では下の記事も目にしました。
(参考)ドラマも「切り抜き動画」で観る…「倍速視聴派」Z世代の視聴実態(現代ビジネス)
今のネトフリ世代は映画もアニメもドラマも倍速で観るという話。実はこれ、若いから云々という話ではなくて親世代でも録り溜めたテレビドラマを1.5倍速で観てたりする時代なので要は摂取したいコンテンツの取捨選択ができてないからなんじゃないかなと推察しています。
周囲のひとと話を合わせるためにコンテンツを追っているという背景もあるのでしょうが、バイキングの例で言うと、もったいないからなるべくたくさん食べようとして一気に胃に詰め込んでいるようなイメージです。
情報量を大量に詰め込むことで満足感は得られるかもしれませんが、心を満たせるかと言うとどうなんだろうか?という疑問。
なので個人的には少しずつつ触れてみて好きだと思ったものだけ選びとっていくというバイキングの攻略法(?)を流用していくのがコンテンツ飽食時代の攻略法でもあると考えています。好きじゃないなと感じたものはすぐにやめればいい。好きでないとわかっているものまで摂取する余裕はこの時代では既にないのではないでしょうか。
また、コンテンツは料理と違って残してしまってもいいと考えています。クリエイターのひとは悲しむと思いますけど…。
好きか嫌いかを早々に判断するのが難しいコンテンツというのもありますが、そういう場合は口コミを信じてみるのも今っぽいやり方かなと思います。
健康バランスは食事だけじゃない
好きなものを摂取しましょうと言ったあとで恐縮ですが、長い目でみると色んなジャンルに触れるほうがより人生が豊かになると僕は考えております。
これも食事で例えるとわかりやすい(?)のですが、好きなものを食べると心が健康になれるけれど、好きなものばかり食べていると体に不調をきたす。というやつです。生きるってめんどくさいですね。
いちおうこじつけ的な理由としては、人生を豊かに過ごすために必要な栄養素として知識とか価値観のアップデートとかもあるので、新しいジャンルにも触れて知識や新しい価値観が身につけば人生がハッピーになれるよねという意図。あとは肉しか好きじゃないやつが肉を食えない状況になったら絶命するので魚も食べれるようにしておきましょうという意味も含まれています。
それと色んなジャンルに触れることで自分の中の好きが洗練されるのではないか。色んな国で生活したひとの「やっぱり日本が好きだわ」発言には説得力がありますもんね(?)
じゃあどんなジャンルに触れていけばいいのか?という話ですが、それこそ興味をそそられそうなところに臆せず飛び込めって話です。このときも気軽に試す感じで触れるのが攻略法。
ここからはあんまり関係ない話ですが、最近は『チ。-地球の運動について-』というマンガを読みました。
タイトルからなんの話かがわからなさすぎるが故に、なんで話題になってるんだ!?という好奇心から手を出した作品。
ここではあえてあらすじさえも説明をしませんが、ここで紹介するということはそういうことなので少しでも興味がわいたひとはぜひ読んでみてほしいですね。
作り手にしか見えないものもある
さいごは、ご飯は食べるだけじゃなくて作ることができると生活が豊かになる。みたいな話をしていきます。
目の前のお皿を平らげるだけならなんの知識がなくてもできますが、自分でその料理を再現しようとするとそれなりの知識が必要になってきます。みそ汁のダシってどうやって作るの?
知識が増えるということはその分楽しみ方に幅が広がるということでもあり、つまりは、美味しいものの何が美味しいのかを的確に感じ取るための知識をつける一環で料理をしたらいいんじゃないか。ということ。
それに、インプットの労力とアウトプットの労力は別腹という話もあったりなかったりするので、より長い間を集中して楽しむことができるようになります。歳を取るとコンテンツの摂取量がどんどん落ちるので作り手に回ることで別の楽しみ方として補うことができるでしょう。
とはいえ、イラストや音楽を作るようなハードルの高いものでなくても、簡単な動画編集やブログの更新、情報をまとめてプレゼン資料に起こすなど、準備のしやすいアウトプットでも十分な息抜きと新たな着眼点が得られます。どんなアウトプットを始めるべきかについてはやっていて辛くないものを選ぶのがよいです。
さいごに
ここまで色々と書いてきましたがまとめです。
- 現代のコンテンツはバイキング化されている
- ちょっとずつ触れてみて好きなものを摂取するのが攻略法
- 好きなものだけを摂取すると長い目で見て損失に
- 適度に別ジャンルを摂取することで深みが得られる
- アウトプットをすることで違った見方ができる
自分自身も別ジャンルに触れることがおっくうになりがちなので気をつけていきたいところ。あとアウトプットもけっこう労力が必要ではある。
さらに心身の健康で気をつけるべきは、何もしたくないなってときはさっさと寝るって感じですかね。寝れないときはどうしようね…。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回述べたことは個人的な感想であるうえに自分自身も書いていて「本当か〜?」の気持ちがあるのですが、少しでも共感してもらえればありがたいですね。
ではでは。